例えば、ひっそりと、死を願うささやきに出会ったとしたら
例えば。「死にたい」とひっそりとつぶやく、ちかくてとおい友人に、いったいなんと声をかけるべきだろう。「死ぬのがいいよ」か。それとも「死ぬな」か。
Twitter / suVene: 例えば。「死にたい」とひっそりとつぶやく、ちかくてと …
ふとこのようなことを考えていた。
「誰に対して」という部分に非常に左右されるとは思うが、尤も多そうな回答としては、「死ぬな」だと思う。この「死ぬな」は、当然相手のことを考えてということもあるだろうが、<私があなたに死んで欲しくないから>という利己的な理由も多聞に含まれているだろう。
すると今度は、相手がその回等のエゴの部分を受け入れるだけの余裕があるか、又は、かまって欲しい・必要とされたい・承認して欲しいなどの一環としてひっそりと(目に付く場所で)ささやいているかどうか、などが問題となってくる。逆に言えば、そのような応答を最初から求めている、ある意味 “お約束” 的なささやきであるならば、「死ぬな」という答えは適切かもしれない。それがクセになると厄介だが。
しかしそうではなく、それが思いつめた結果のささやきであるならば、さらに難しい。声をかける側が、「生きる」ということを、大前提として考えているならば、先ほどと同じ答えにはなるかもしれないが、そうでないならば「死ぬのがいい」という回答もありえるのではないか。これは「見捨てる」意味での「死ぬがいい」ではなく、その本人の意思を最大限尊重した上での「死ぬのがいい」だ。但しこれは、ささやいた本人の理性や精神状態が適切に判断可能な状態であるかどうかが重要となってくる(死を願う時点で「適切でない」とする考えもあるが)。また、回答の結果だけ見れば「見捨てられる」時の応答と似た部分もあるため注意が必要だろう。
このように、「生死」に関する問題は、ある意味究極的な問題ともいえるので、かるく考えただけでも、色んなパターンが考えられる。個人的には、「気楽に行こう」「大丈夫」という言葉は、あまり安易にかけそうにないが、ささやいた本人にしてみれば、そのように軽くしてくれる言葉の方が助かるということも大いにあるのだろう。
やはり、もしそのような場面に出会ったら、相当悩まざるを得ない。皆さんなら、自分がそのような状況に出会ったとき。又は、ささやく側になった時、どんな言葉をかけ、どんな言葉をかけたもらいたいのだろうか。

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